クリサンセマムの囁き






バニラ味の星。
チョコレート味のハート。
ふたつの味が混ざり合う、月。
それらは卵大の大きさほどに形成され、可愛らしい袋の中に入れられていた。

いわゆる、クッキー。
しかも手作り。

「ツバキくん。クッキー作ってきたの。あげる♪」
えへへ、と恥ずかしそうに頬を緩ませて、ユウキが手の中にあるクッキーを想い人へと差し出した。
「…………。」
ニコニコ。
受け取ってもらおうと、とびきりの笑顔を向けるユウキに、目の前に立つツバキはクッキーお冷めた眼差しで一瞥すると、
「うざい」
そう一言だけ放ち、『カズラ』を出て行った。

「う……うざいって……ひどい!せっかく作って来たのにぃ~」
浴びせられたツバキの言葉に、ユウキはカウンターに突っ伏して、心の中で涙を流す。
彼に冷たくあしらわれることに慣れているとは言え、4時間以上を費やし作ったクッキーをここまで一瞬のうちに拒まれると、さすがに凹む。
「はぁ~~。もしかして、クッキー嫌いなのかなぁ……」
しょんぼり、と肩をだらしなく落としたままの状態でユウキは零した。
彼の嗜好について、詳しく把握していると断言できるユウキは、このクッキーが口に合わないシロモノではないことにかなりの自信があるのだが、食べてくれなければ意味がない。
「それとも、あたしが作って来た物だから嫌なの、かなぁ……」
だとすると、それはかなりこたえる。
献身的な女性は、重荷なのだろうか……?
(それは嫌すぎる……)
自分で自虐的に言っておきながら、その言葉をあらためて音に乗せてみると妙にリアル感が増し、ユウキは瞳に暗い影を落とす。

すると、
「別に彼は、クッキーが苦手なわけではないわよ?」
呟きに応えがあった。
「へ?そうなんですか?」
ぱっと顔を上げ、今しがたの発言を生み出した人物を、直視した。
カウンター内で料理の仕込みをしていた、妙玲の店主。サクラだ。
彼女は、落ち込んでいるユウキに向けて爽やかな笑を唇に乗せ、
「ツバキちゃんは、あまり他人が作った料理が得意ではないのよ。得に、いかにも『手作りしました!』って主張してくるものが苦手みたいなのよね」
意外でしょ、とサクラは肩をすくめた。
だが、
「でも、サクラさんが作った料理は平気で食べてますよね……」
ユウキは、納得できない様子で頬を膨らます。
『カズラ』で食事をしている姿を何度も目撃しているユウキには、手料理が苦手なんだと言われてもピンとこない。
「ふふ。仕方ないでしょう。わたしたち、子どもの頃からの付き合いだもの」
唇に薄い笑を浮かべ、言う。
つまり、長年の付き合いから生まれた信用と信頼による結果、とい言いたいようだ。
「なるほど。いわゆる腐れ縁ってやつですね」
ユウキが大きく頷きながらそう言うと、
「幼馴染と言って」
笑顔で、素早く訂正が入った。



「これ、余り物でなんですが……もったいないですから、サクラさんどうぞ食べて下さい」
行き場のなくなったクッキーを、ユウキはサクラへと向ける。
未だにツバキに食べて欲しい思いはあるが、それはほぼ100パーセント無理そうだ。
悲しみと共に自分で食するのは憂鬱だし、かと言って、捨てるのももったいなさすぎる。
「あら、頂いていいの?」
「はい……。貰ってくれたら、嬉しいです」
「ありがとう。とても美味しそうだから、楽しみだわ。ツバキちゃんには、わたしからちゃ~んと言っておくから、気にしないでね」
クッキーを受け取りながら、サクラが『ちゃ~んと』を強調させながら言った。
しかし、その発言に驚いたのは、ユウキだった。
「あ、そんないいですいいです!ツバキくんの迷惑になっちゃう!」
ぶんぶん、と首を横に振る。
サクラの気遣いは嬉しいけれど、それにより自分の立場が危うくなる可能性がある。
それだけは、避けなければならない。
「相変わらずのツバキちゃんラブなのね。幼馴染のわたしが言うのもアレだけど、女にとっては敵みたいな男よ?別の人を探した方がいいと思うのだけど?」
「そんなことないです!ツバキくんは、すっごくかっこいいです!」
ユウキは、きっぱりと力強く言い放つ。
確かに、サクラの言うとおり世の女性にとって、彼はけっしていい男とは言い難い。
冷徹ともとれる行動や言動は、男女関係なく振り下ろされて、しかも容赦がない。
ユウキも、何度、心をコテンパンに折られたことか……。
それでもくじけず、ツバキのもとに足繁く通うのは、それだけ彼に対する思いがあるからだ。

「ツバキちゃんがモテるのはわかるけれど、彼のどこに惹かれたの?」
「それはもちろん、顔!」
陶然と、ユウキは言った。
「え、顔?顔なの?」
予想外の返答だったのか、サクラが唖然と呟いた。
「当たり前じゃないですか!あの鮮麗された顔は、奇跡に近いとあたしは思うのですよっ。
あの顔があるからこそ、彼の冷徹さや非道がむしろ魅力の一つに変わるまでになるんです。あの美貌にこそ、彼のすべての価値があるんです!」
ユウキは、カウンターに身を乗り出し、きらりん、とメガネを光らせながら興奮ぎみに、一気にまくし立てた。
いつもより早い口調で力説する彼女は、一見本気で彼に好意を寄せいているようにも思えるが、ユウキは顔しか褒めていなかった。

「…………ユウキちゃんって、本当にツバキちゃんのこと……好きなの?」
サクラの率直な疑問に、
「はい。もちろん大好きですよ」
ユウキはメガネの奥で瞳を細め、にっこり笑った。




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