昼過ぎ。朝に干しておいた洗濯物を取り込んだフリオニールは、ふぅ…と息をつき、額から流れ落ちる汗を手の甲で拭った。 「暑いな……」 ついこの間、天気予報では梅雨に入ったばかりだと言うのに、今ではすっかり夏に入ったようなこの暑さ。 所々で蝉まで鳴き出して、梅雨なんてなかったのではないかとさえ思えてくる。 余りにも暑いので、フリオニールは取り込んだ洗濯物を畳む前にアイスクリームを食べようと、冷蔵庫へと足を運ぶ。 買っておいた棒付のソーダ味のアイスクリームを冷凍庫から取り出し、封を開けた。パクリと一口食べてみれば、口の中に広がる冷たさと、スッとしたソーダの味が堪らない。 台所のシンクに凭れ掛かりながらこのささやかな一時を満喫していると、ガチャリと部屋の扉が開かれる音がした。 「っ……なんだこの部屋は。冷房を付けておらんのか」 そして同時に発せられた不機嫌そうな声に身を乗り出して覗き込むと、マティウスがそこに居た。 「付けてないよ。だって、節電しないと駄目だし…」 「だからと言って倒れてしまっては元も子もないだろうが」 「大丈夫だよ。ちゃんと保冷剤を巻いたタオルを首にかけて、身体を冷やしながら家事してるから。それに、全部終わったら冷房の効いてるマティウスの書斎に涼みに行くし」 暑さには耐え切れない、と言って始めマティウスは家中に冷房を掛けようとしていたのだが、それでは電気の使用量が馬鹿にならないので、フリオニールの懸命な説得の末、冷房を掛けるのはマティウスがよく籠っている書斎だけにする事で解決したのだった。 フリオニールが家事をしているリビングは、窓を全開にして部屋の空気を動かす為に扇風機だけが動いている。 どこまでも倹約家なフリオニールに、マティウスがやれやれと溜息を溢してしまったのは言うまでもない。 「それより、何かこっちに用があったんじゃないのか?」 わざわざ快適な部屋から出て来たのだ。何か目的があって出て来たのだろうと、アイスクリームに噛り付きながらフリオニールは尋ねる。 「喉が渇いたので、何か飲み物でも…と思ったのだが……」 「?」 中途半端に言葉を切ったマティウスの視線がジッと自分に向けられて、首を傾ける。 「美味そうだな」 ポツリ。と呟かれたその言葉に、あぁ…とフリオニールは自分に向けられていた視線の理由を理解する。 「食べるか?まだ冷凍庫の中に残ってるけど」 よいしょ、と腰掛けていたシンクから身体を起き上がらせて、冷蔵庫へと足をのばす。 一番下の冷凍庫の引き出しを開けてどの味がいいか尋ねようとしたら、パタンと開けたばかりなのに閉じられてしまった。 「何するんだよ」と言ってやろうと顔を上げたら、思っていた以上にマティウスの顔が近くにあって、フリオニールは一瞬息を呑んで身体を強張らせる。 「新しいのを出さずとも、私はそれでいい」 そう言って、パクリと右手に持っていたアイスクリームに噛り付かれ、あっと思った時には口付けられていた。 「んっ?!ん……ふ、ぅっ……!」 咄嗟に肩に手を付いて離れようとしたが、あっさりとその手首を捕まえられて、逃げるつもりが冷蔵庫に縫い付けられてしまう。 顔の両側に手を縫い付けられたまま、深く唇を合わせていると、唇を割って舌が割り込んでくる。 「んっ……」 その舌の温度が冷たくて、思わずこんな状況なのに何故なのだろう?と疑問に思っていると、そのまま口の中に冷たくて、甘い塊を押し込まれる。 あぁ、さっき食べられたアイスだ…。と、頭の中で冷静に判断しながら、好き勝手に人の口の中を動き回る舌を追い出そうと思ったが、何分その甘い塊が邪魔でやりずらい。 しかしこの甘くて冷たい塊が口の中にあろうと、なかろうと、恐らくフリオニールがマティウスに叶う可能性は殆ど無いのだ。 「ぁっ……んっ………ふ、あっ……っ…」 口の中を暴かれながら掴まれている両手首に力を入れて、外そうとする。けれどもどんなに頑張っても外す事は愚か、動かす事さえも出来ない始末。 激しいキスに不本意ながらも力を奪われて、一方的になされるがままになってしまっている。 右手に持っているアイスクリームはこの暑さのせいですでに解け始めていて、持っている棒を伝って解けてしまった液体が手の上を流れた。 口の中に入っていた甘い塊も殆ど溶けてしまった。コク…と喉を上下に動かして唾液と一緒にそれを飲みこむ。 もう何も無くなったのでやっと解放されるかと思いきや、先程よりも濃厚に、しつこく、舌が絡み付き、吸いついて来る。 「っ………ふっ……んぁっ…」 ぞくぞくと背筋が震えて、力の入らなくなった身体は、ずるずると冷蔵庫に凭れ掛かったまま崩れ落ちていく。 ペタリと床に座り込んでしまうまで体勢がくずれても、相変わらずしつこく舌は追いかけて来る。 ここまで来ると抵抗する気力など残っていなくて、諦めて大人しくされるがままになっていると、漸く口内から舌が出て行って解放された。 「はっ……っ…」 自由になってすぐに大きく息を吸って肺に酸素を取り込む。 何するんだ!と怒鳴りたい所だが、今はそれ所でなかった。 熱い。とにかく熱いの一言だった。 それがこの部屋の気温の高さのせいなのか、それとも激しい口付けのせいなのか。フリオニールは前者だと自分に言い聞かせる。 スルリ、と内股に伸びて来る白い手を叩いて振り払い、キッと睨み付けて立ち上がろうとする。しかし、力の入らない身体はいう事を聞いてくれなかった。 「……フッ。書斎へ連れて行ってくれとは言わんのか…?」 「っ……」 ニヤリ、と愉しそうな笑みを浮かべてそんな事を言う相手に何だか腹が立って、フリオニールは肩に流れる滑らかな金髪を一房掴み、ギュッと引っ張ってやった。 「痛い」と言われても、構わずに引っ張ってやった。だってマティウスが悪いんだっ! (洗濯物を畳もうと思ったのに、出来なくなったじゃないかっ……!!) |
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