小さな秘密   




小学校のころ、2人で作った秘密基地。
お使いでジュースを買った日曜日。
宿題を一日で終わらせた夏休み最終日。
自作の2人だけの肝試し。

そして、手を繋いで帰った、プールの帰り道。






「ひかるー?」
「なんや?」
「小学校そつぎょうしたら、どうなるん?」
「どこって、もういっこうえの学校ちゃう?」
「そのあとは?」
「んー・・・おしごとやない?」






舌足らずな話し方で家路を歩く。
小学2年生にしては小柄なわたしと、これまた小柄な光。
同じ地区にすむ仲良しで、わたしは光が好きだった。






「じゃあな、ひかるがおしごとしてるあいだ、あたしおうちでおるすばんしとく!」
「・・・いっしょにすむんか?」
「うん、あたし、ひかるのおよめさんなるもん!」
「・・・ええよ。じゃあ、ちかいのキスしとこ」






幼いわたしの告白に面食らったように、一瞬彼は顔を引いた。
けれど無邪気に笑うわたしをみてなんと思ったのか、彼はそういうと握っている手に力をこめて唇に唇を押しあてた。
一瞬のできごとだった。
だけどわたしは恥ずかしくて、でもうれしくて。

その日のできごとは誰にも言わなかった。
もちろん、大好きなお母さんにも言わなかった。









月日は流れて、わたしたちが高学年になると気恥ずかしさも相まってか、男の子と女の子は一緒に遊ぶことがなくなった。
けれどわたしたちの登下校だけはいつも一緒だった。
さすがに手を繋いで歩くことはなくなっていたけれど、それでも付かず離れずの距離を保ち一緒に帰った。
けれど光は中学でテニス部に入部し、生活がかわった。
わたしたちは一緒に登校することも下校することもなくなり、気づけば会っても言葉を交わすことはなかった。
小学生の話ではよくあることだろう。小さなころの約束だ。
それでもわたしは彼以外を好きになることはなかったし、なったとしても光は特別だろうと思った。
あの日のことは、とても大切な宝物だったから。






は、 ず  なの  に   !






「え、や・・・ちょ、なに・・・?」
「・・・なんやねん、これ」






同じ高校に進学したわたしたちの関係は中学のころと変わっていなかった。
お互いであっても目を合わせないし、挨拶もしない。(わたしはちらっとみているけれど)
それが普通だったから、わたしたちが幼馴染だと知る人は小学校上がりの人以外誰もいなかった。
そんな中、久しぶりに廊下で光にすれ違った。(あ、光や、)なんて心で思っていると、目が合う。めずらしい。
暢気に なんや今日はええことあるかもなー なんて思っていた矢先だった。

腕をとられて引かれる。声を上げる暇もなく、わたしは光の手によって屋上にまで連れてこられた。
冷静に考えると隣にいた友人は驚いただろうな、なんて。
だけどそんな余裕はなく、フェンスに詰め寄られて、握られていた方の左手を、さらにぎゅっと強く握られる。
痛みに顔をしかめた途端に、不機嫌そうな光の顔が飛び込んできた。






「は、え・・・いや・・・だから、状況がよく・・・」
「だから、 これは、 なんのマネや、 って、 聞いてんねん」






声にまで怒りをにじませた光がひとつひとつ言葉を単語に区切って話す。
そしてこれ、と言われた先をみると、左手の薬指にはまっている指輪だった。






「え、これは」
「自分、彼氏できたんか?なんでや?そいつのこと好きなんか?」
「は、ひかる・・・」
「キスまでしてんのに、なんでほかの男の物になんねん」






矢継ぎ早に淡々と責められていいわけも出来ぬまま言葉が過ぎ去っていく。
それでも、その言葉だけは聞こえた。

“キスまでしてんのに、 なんでほかの男の物になんねん”

彼はどうやら、わたしの左手の薬指にはまった指輪見て、他の男にもらったと勘違いしているらしい。
つまり、嫉妬してくれたのだ。
わたしの宝物だったものまで目のまえにつきつけられ、自分も大切にしていたのだ、と言ってくれたようなもの。
うれしくてうれしくて、思わず涙が出た。涙がでながらも、喜ぶ声は止められない。






「へへ、」
「なに責められて泣きながら笑ってんねん。意味わからへんわ」
「・・・光が、笑わせてるんやで」
「なっ、」






涙が零れるわたしをみて、焦ったのか言葉に怒気が減る。
わたしはうれしくてとまらない涙を拭きながら、静かに光の頬に右手を当てる。
目が、あう。
数年話していなかったのに、言葉はするするでてきた。






「これな、昨日はめたら取れへんごとなって。おもちゃやからそのうち取れるん待ってたんや」
「・・・そんな見え透いた嘘・・・」
「よーみて、これ、ちゃちやし、指輪のサイズあってないやん?」
「・・・・・・なんでそないなもん、今頃・・・」
「・・・ふふ、これ、見覚えない?」






なんの変哲もないおもちゃの指輪。
彼は気が動転していてそれにも気づかなかったらしい。徐々に怒りが収まるのを感じる。
そしてはめられた指輪を、眉間に皺が寄るくらい見つめる。

不意に、彼の体がびくりと動き、そして顔が徐々に赤くなる。
どうやらその指輪の贈り主も気づいたらしい。それがなんであるかを。






「わかった?これ、光が小学校の時にくれた“婚約指輪”やんな」
「・・・・・・・・・あほか、なんでつけてんねん」
「・・・わたしかて、光とおんなし気持ちやったから、ちゃう?」
「・・・?」



「あの日から今まで、 光がちかってくれたキスを忘れたことなんて、 あらへんやったよ」





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