Good night,Good morning


暗くなった宮殿内の廊下はあまりにの静けに不気味に思うときもある。
大きな白い石の柱が均等に並んで、天井を支えている。
傷1つない磨かれた壁と、床には長く続く赤い絨毯。
その絨毯に靴音は吸い込まれてさらに静かになる。
遅くなってしまった、とスザクは急ぎ足で自室への道を辿った。
ブリタニア宮殿内にあるラウンズ専用の宿舎は突き当たりにある庭園を曲がって、
荊が絡まる門を抜ければ見えてくる。他の騎士たちとは違う特別に与えられた場所で、
帝国最強の騎士たちが自由に過ごせるスペースだった。
自宅がないスザクは現在、ここで寝て食事をし、仕事をしている生活の場となっていた。
各々のナンバーに従って与えられた部屋。しかし、使われていないナンバールームの方が多い。
スザクは欠番であってセブンの座を与えられて日々、帝国最強の騎士として目まぐるしい毎日を送っている。
まだまだ新米であるスザクには覚えることが多い。
まずはブリタニア宮殿の地図から覚え、それから貴族階級でのマナー。
庶民であるスザクにとっては食事、挨拶1つ1つが別世界の常識のようでいつまでたっても
慣れることが出来なかった。
華やかな世界は苦手だ。
自分はランスロットに乗って戦地で名を轟かせ、帝都に帰ってきたら報告書に羽ペンを
走らせてアーサーにえさをあげて眠りに付く。朝起きて洗面所に行って歯ブラシをして
それから軽いストレッチとランニング。午前中には総督府にある統括室に出向いて、
報告書提出と今後のスケジュールを聞く。
陽の当たらない場所でずっとそれの繰り返し。
別に有名になりたいとか、活躍したいとかには無頓着だった。
欲がないというわけではない。なかったらそもそもこんな場所にはいないだろう。

スザクはカードキーで自分の部屋のロックを開けようと扉の前で胸ポケットから取り出すが、
そこで手が止まる。
緑色が点滅しているということはロックは解除されている状態だ。
はあ、と音を立てて嘆息を地面に落すとドアノブを捻り、部屋へと一歩踏み入れる。
「ジノ、また君か?」
犯人はわかっている、とまだそこに誰がいるかも見えていないのにその第一声。
勝手に人の部屋に入ってくる非常識人なんかラウンズの中に一人しかいない。
しかしいつもなら「おかえりスーザク!」と、まるで同居しているかのように帰宅を
喜ぶ声が聞こえてくるのだがそれがない。
真っ青なマントの前ホックを外してソファへと掛けるが、そのリビングにも彼の姿はなかった。
だが向えにあるソファには同じ形をした緑色のマントがあることから彼がここにいた、
ということを明白にする。
1つ奥の扉は寝室で、そこが薄っすらと開いていることに気が付いてスザクはこつこつと
フローリングの床に鈍く響く足音をさせながら近づいて、そっと扉を押した。
「ジノ?」
確信が持てないか細い声でその名前を呼んでみる。が、返事はまだなかった。
リビングの明かりは付いたままだったが寝室は真っ暗だ。そこに一筋の明かりを差し込んで、
ベッドまで伸びて行く。
そのベッドの上に仰向けになって寝息を立てている男をようやく見付ける。
両腕を左右に投げ出して、気持ち良さそうに人のベッドでジノが寝ていたことにスザクは
唇を半開きにし、エメラルドの瞳で無意味な睨みを利かせてまた息を吐いてしまった。
思わずここは自分の部屋だよな、と確認してしまう。
勝手に人のベッドを占領している彼に気を遣う必要なんてないのだが、熟睡しているのを
邪魔してしまうのが可哀相でスザクは足音を消してドアを静かに締めて、近寄る。
窓からの月明かりだけが部屋を薄く照らしてスザクの鳶色もくすんだ色になる。
ジノの大きな青い目は重たく閉ざされていて、息を吸って吐く唇が微かに動く。
本当はスザクの帰りを待っていたが待ちくたびれて寝てしまった、というところだろうか。
スザクは彼の隣に腰を下ろしてその寝顔をじっ、と眺めていた。
誰に対しても人懐こいジノではあるが、これは無防備すぎるんじゃないだろうかと呆れる。
しかしそれが対スザクにだけ、ということは気持ちを向けられているスザクはわかっていない。
だから何故か胸がむずむずした。
誰に対してもこんな無邪気な寝顔を曝して、愛されているんだろうかと。
ふいに指先を伸ばしてカナリア色の髪に触れる。
柔らかくて、透き通る色と感触。
肌だって透明な白で、瑞々しくて活気溢れる生命力を宿している。
ラウンズになってからすぐにジノと皇帝の前での御前試合があってそれからすぐにジノが
スザクへと付き纏い始めた。彼はきっと東方から来た珍しい少年という新しいものに興味が
あるだけですぐに飽きるだろうと思っていたのにいつまでたってもジノはスザクから離れなかった。
どうして、と聞くと好きだから!と公衆の面前でストレースに返されるのがどんな恥ずかしい
ものか教えてやりたいものだ。
時には頼りになる兄貴分なのに、こうして見ているのと甘えて抱き付いてくるのは弟が出来たような、
不思議な気分だった。
この微妙なバランスの関係はいつの間にか出来上がってしまっていた。
スザクは肩を竦めて自分もベッドへと横になる。
ふわっ、とシーツが軽く舞う。
ジノはその衝撃にも起きることなく、ただの寝返りをしてスザクの方へと顔を向けると
首元に三本の三つ編みが垂れる。たまに吐息交じりに、舌をもたつかせる言葉ではない声を零す。
容赦しない戦場などでは獰猛な戦士の顔つきになるのに、このあどけない寝顔が可愛い、
なんて言ったら怒るどころがジノなら喜びそうだ。
このギャップがいいだろ?と言ってくるジノが容易く想像できてしまいスザクは思わず笑みを
浮かべてしまった。
「―……」
その時、にゃあと足元で鳴き声が聴こえた。
そしてすぐに目の前に黒くて小さな生き物が飛び跳ねてくる。
「アーサー、起しちゃだめだよ」
ジノの髪と同じ金色の目をした猫が一匹、二人の間に入ってきてスザクを見た。
スザクがそう注意すると、わかっているのかもう鳴くことはなくぼさぼさになったしっぽの先を
スザクの頬にすり寄せてそっぽを向くとジノの懐で丸くなった。
「……」
そのアーサーの態度にスザクはショックというかなんというか、猫相手に情けなく眉尻を下げる。
嫌われているわけでもないはずなのに、どうしてかアーサーはスザクに対して素っ気無い。
よく噛むし逃げるし、君はどうして僕と一緒にいてくれるんだい、と問いたくなった。
それはもう聞いても答えてくれるわけがないから諦めて、ジノへと視線を巡らせる。
意外に長い睫毛が震えて、目蓋の中で瞳が動いているのが分かる。
(夢、見てるのかな)
ゆっくりと瞬きをしていれば、重くなっていく目蓋。
まだお風呂だって入ってないし着替えてもいない、と考えていても指一本動かすのが億劫で
思考は閉じていく。
ああ、だめだと思った途端にぷつりと頭の回線は切れて音信不通になった。



それからスザクが目を覚ます時にはもう周りが淡白くて、朝を迎えていた。
あのまま寝入ってしまったのだと目を擦りながら欠伸をするとそれだけに驚くのはでなくて
むしろその目の前にいるものに、頭の中が覚める。
「おはよう、よく眠れた?お姫様」
と、爽やかな声が鈍い思考をはっきりとさせた。
ベッドの上で頬杖をついて、頬を血色の良い色に染めて微笑んでいるジノがいる。
それはずっと君の寝顔を眺めていました、と言わんばかりの余裕でむかつくほどの態度だ。
「君の方が眠り姫だったじゃないか」
「眠り姫っていうのはこんな大柄なのよりスザクの方が可愛い。だからスザクの方がぴったりだな、うん」
「朝から何言ってるんだ、君は」
男の僕に向かって失礼だ、と枕に手を伸ばして投げる。
それを受け止めてジノは太陽にも負けないほどの眩しい笑顔を溢れさせた。
それがむかつくほど似合っていて惚れてしまいそうになるから、スザクは唇を尖らせて
気持ちを紛らわすために窓の外の朝日へと視線の先を変える。
けど、その眩しさなんかよりジノの方が目に痛いほどの輝きだと、思わず緑の瞳を滲ませて笑ってしまった。















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